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The Pit

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ハズブロ社の 「G.I. ジョー」 に関するランダムな記事のブログです。

資料/アメリカ独立戦争

 7月4日はアメリカ独立記念日ということで、今回はアメリカ独立戦争 (1775年~1783年) に関する記事です。

 下はクラシック・コレクションのジェネラル・ジョージ・ワシントン (1998年) のボックス・アート。
 アーティストはラリー・セルマン。  
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G.I. ジョーの祖


 アメリカ軍の起源は、1775年2月6日、アメリカ独立戦争に際して発足した 「大陸軍」 に遡れます。
 "アメリカ軍の兵士" という意味では、独立戦争で活躍した大陸軍の兵士たちはいわば G.I. ジョーの先祖に当たりますが、まさにその時代に関係する G.I. ジョーがちゃんと発売されていました。

 これより以前にはアメリカ軍というものが存在しないわけですから、アメリカ兵という意味では最古の G.I. ジョーですね。


 ただし、G.I. ジョー製品を全て含めるなら、これよりさらに古い時代の設定のものもあります。
 古代エジプトのミイラ (アドベンチャー・チーム)、中世アラビアのシンドバッド (シンバッド:7つの海の伝説)、南米のアステカのモンテスマの骸骨 (25th DVD バトルス)、17世紀のスコットランド人であるジェームズ・マッカラン9世などがあるほか、コブラ-ラ王国のキャラクターは氷河時代以前に不死の寿命を得ていたようだし、クロスオーバーでいくつか発売されているトランスフォーマーのキャラクターなどは相当古くから (アニメの設定では地球到来が400万年前) 存在していると思われます。

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独立戦争時の G.I. ジョー・フィギュア


ジェネラル・ジョージ・ワシントン (1998年)/クラシック・コレクション (インディペンデンス・デイ・ホリデー・フィギュア)
d0164702_22481113.jpg General George Washington  (#81432)
 ジョージ・ワシントン (1732年2月22日~1799年12月14日) はアメリカ合衆国初代大統領、在任1789年4月30日~1797年3月4日。
 イギリス領バージニア植民地ウェストモアランド郡出身。
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素体:
   ヘッドは新規造型。
   ボディーはクラシック・コレクション素体。
付属品:
   ジャケット    ベスト    カラー    ブリッチズ (※半ズボン)
   ストッキング×左右    ブーツ×左右
   三角帽 (※トリ-コーナー・ハット)    サッシュ
   ソード    シース
   ピストル (※ホーキンス製1748年式)
   望遠鏡    ディバイダー (※コンパス)    平行定規
   地図 (※ヨークタウン攻囲図。 1782年フィラデルフィアにてニューヨーク市長セバスチャン・バウマンが製作)
   折り畳み式テーブル
   アメリカ国旗 (※ベッツィー・ロス・フラッグ/13星旗)    国旗用スタンド
説明文:
ジョージ・ワシントン
 「ジョージ・ワシントンは人類の歴史の中で数少ない権力に溺れなかった人物の一人であった」──ロバート・フロスト
 「彼は全ての者が心と武器とで行動に備えることを望み、我々の敵が現れた時は、全世界で、公民が自らの土地で戦えば地上のいかなる傭兵にも勝るのである。──1776年8月20日 一般命令
 アメリカ革命時の大陸軍の最高司令官にして、後のアメリカ初代大統領後であるジョージ・ワシントンは、アメリカ史に聳え立つ巨人である。 24歳でイギリス軍の士官になることを却下されてから42歳になるまでに、かつて忠誠を誓ったイギリスは筆頭の敵となった。 独自の行動原理を宿した献身的な男は、まさに彼の世代に完全に適合してアメリカ建国の父にして同時代における最も偉大な人物の一人となった。
 ジョージ・ワシントン……彼の最初の兵役は1754年で、志願兵としてイギリス軍の将軍エドワード・ブラドックの下で副官となった。 ワシントンは兵士としてよく評価され、銃火の下で示した勇敢さのために名声を得た。 フレンチ・インディアン戦争に先立つ伝説的な出来事として、バージニア州民兵の2つのグループが森で迷い、誤って互いに戦闘を始めてしまった。 ワシントンはその中間に馬を走らせて双方の側に銃を撃ち、剣を振るった。 14名が殺され、26名が負傷した。 ワシントンは無傷だった。 1775年に彼は大佐に任命されバージニア州の民兵組織の統率を命じられ、植民地の長大な西部開拓地の防衛を任された。 フランスとイギリスの間の戦争が終わると、彼は英雄として家に帰還したものの、委員会から完全なイギリス軍の士官となることを却下された。 うんざりした彼は抗議の意味で民兵組織を退役した。
 1775年にマサチューセッツ入植者とイギリス軍の間で戦闘が勃発した時、ジョージ・ワシントンは、アメリカ独立の支持の象徴として大胆にも完全な軍服に身を包んで議会に到着した。 ジョン・アダムズはワシントンを新設された大陸軍の最高司令官の地位に指名した。 選挙は満場一致であった。
 新たな仕事で、ワシントンは見事に立ち回った。 彼は資金のない議会にも、不平を抱きがちで装備に乏しい軍にも同時にアピールしてみせた。 戦闘任務が始まると、ワシントンは天才的に勇敢だった。 彼は馬上で突撃を率い、自らをあえてマスケット銃と大砲火にさらした。 彼はイギリス軍の重砲火をものともせず、他の者たちが皆防御で身を隠す中、相手の防御を学んだ。 彼は銃弾の霰の中を歩き、単独で出撃した──そして銃弾でかすり傷一つ負わなかった。 彼は危険を気にも留めないように見え、無敵の神話が生まれ始めた。
 1781年、ワシントンはフランス・アメリカ軍の7,000名の兵員をニューヨーク州からバージニア州に行軍させ、5週間足らずの奮闘でついに指揮官コーンウォリスとその軍隊を崩した。 2倍の兵力差による劣勢から、イギリス軍は降服を強いられた。 コーンウォリスが名誉ある扱いを求めた時、ワシントンは降伏した軍隊にはチャールストンのアメリカの守備隊に与えられたのと同じ名誉が与えられるだろうと答えた。 1780年にチャールストンが赤コート (※イギリス軍) に陥落した際、コーンウォリスは重大声明に即し、彼らを合法な軍隊ではなく反乱軍とみなした。 イギリス軍はアメリカ人に戦時の名誉を与えることを拒んだのだ。 ワシントンは今やコーンウォリスに同じ屈辱を求めていた。 だがコーンウォリスは引き渡しに際して病気と主張し、軍への降伏の場へは代理人を行かせた。 屈辱的な場で降伏の剣はフランス人の士官の手に渡されたが、フランス人士官はそれを断ってワシントンに譲った。 ワシントンもまたそれを断ると、彼はイギリス人にコーンウォリスの剣をチャールストン守備隊の指揮官であったリンカーン将軍に引き渡すよう命じた。 こうしてアメリカ革命は終わった。
 ワシントンは根っからの軍人ではなかった。 彼は自らを必要あらば国のために召集される民兵ととらえていた。 数では常に及ばず、基本的に武器も不足がちなのだ。 ワシントンとその配下の者たちは完全敗北をかわし続けた。 彼を偉大な将軍としたのは、戦場で幾度もイギリス軍を征服した能力ではなく、降参や逃走をよしとしない、アメリカ建国の父としての素質であった。 アメリカ人の象徴であり続けるその揺るがぬ決意のため、古き栄光 (※星条旗)、憲法、7月4日は──まさにジョージ・ワシントンその人のイメージに重ねられている。






アメリカン・レボリューション: ミニットマン (1999年)/クラシック・コレクション (インターネット限定)
d0164702_13444923.jpg American Revolution Minuteman  (#81564)
 ミニットマンはアメリカ独立戦争時にマサチューセッツ植民地に作られた民兵の中の即応部隊。 名称の由来は1分前の通知 (at a minute's notice) で駆けつけることから。 「アメリカ兵」 を表す最古の俗称の一つ。
 ボックス・アートはマサチューセッツ州レキシントンにあるミニットマン (ジョン・パーカー) の像のイラストと、独立戦争の契機となってミニットマンが活躍したレキシントン・コンコードの戦いの地図。
→ 「G.I.ジョー以前のアメリカ兵に対する俗称」 の記事も参照。
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素体:
   ヘッドは新規造型。
   ボディーはクラシック・コレクション素体。
付属品:
   シャツ    クラヴァット (※ネクタイ)    ブリッチズ (※半ズボン)
   ストッキング×左右    バックル止めシューズ×左右
   三角帽 (※トリ-コーナー・ハット)    ロング・コート    
   マスケット (※シャルルヴィル・マスケット)    カートリッジ・ボックス
   キャンティーン
説明文:
アメリカン・レボリューション  ミニットマン
 アメリカ革命について考える時、独立のために雄々しく戦った勇敢かつ愛国的な市民たちを忘れることはできない。 この兵士たちはミニットメンとして知られている──即時の通知で戦う用意があったあらゆる職業の植民地住民たち。 招集された時、植民地の民兵組織の市民たちは自分たちの最悪の敵となってしまった母国の専制政治に反対するために共に団結した。 アメリカ革命の開始にあたり、独立の進路を定めたのはミニットメンの訓練、自警心と信念であり、彼らの成功は地上最大の民主主義国家となったもの──アメリカ合衆国の基礎をもたらした。
 ジョージ3世とイギリス議会が様々な法律や制限により植民地の権利を侵害し続けたことで、植民地住民たちの抵抗と異議の活動は巨大なものとなっていった。 1775年までに、植民地への支配力を失うことを恐れたイギリスは反抗的な対象の手綱を完全に引き締めることを決定した。
 1775年4月18日~19日の夜、約800名のイギリスの正規軍がコンコードの町を制圧してそこに集められた弾薬と軍需品を押収すべく行軍した。 しかしミニットメンは用意を整えていた。レキシントンの町での短い交戦はイギリス軍の前進を阻むことはできなかったが、コンコードに到着した彼らはオールド・ノース・ブリッジの遠い側に配置された200名のミニットメンを発見した。 空はマスケット銃の銃火に包まれ、ミニットメンは持ちこたえた。 彼らの力と大胆な決意にイギリス軍はパニック状態となって退却し、ミニットメンはレキシントンとコンコードの戦いにおける勝利に沸いた。
 自由のための戦いに勝つのは容易ではなく、それまで一度も完全に実現されたことがなかった理想:自由に対し、多数の植民地住民が究極の代償を払った。 G.I. ジョーは自由の推進力となった人々──ミニットメンとして知られる勇敢な植民地住民たちの勇猛果敢さを称える。

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独立戦争当時の軍服の G.I. ジョー・フィギュア


コンチネンタル・カラー・ガード 3rd U.S.インファントリー・“ ジ・オールド・ガード ” (1999年)/ジョーコン限定メン・オブ・アクション (ボックス・セット)
 The Continental Color Guard : 3rd U.S. Infantry " The Old Guard "
 1999 ハズブロ・インターナショナル G.I. ジョー・コレクターズ・コンベンション “ セレブレート・ザ・ヒーロー! ” にて発売。
 アームド・ガード、カラー・エンサインのセット。
 現代 (1999年当時) におけるアメリカ陸軍第3歩兵連隊 " オールド・ガード " のカラー・ガード。
 第3歩兵連隊はアメリカ独立後の1784年に大陸軍からアメリカ陸軍に移行すると同時に創設され、カラー・ガードはその当時の制服を着用している。
特記事項:
 現行の制服姿の第3歩兵連隊はオナー・ガード (2000年) として G.I. ジョー・フィギュア化されている。
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アームド・ガード  Armed Guard
d0164702_22491619.jpg  アメリカ陸軍第3歩兵連隊 " オールド・ガード " のカラー・ガードを構成する護衛の小銃手の一人。
素体:
   ヘッドは新規造型。 眉はホワイト。 右頬に傷跡あり。
   ボディーはクラシック・コレクション素体+ホワイト・グラブ・ハンド。
付属品:
   ディスプレイ・ベース   30周年記念ドッグ・タグ
   大陸軍の1784年の制服
   三角帽 (トリ-コーナー・ハット)    アスコット
   コート    ウエスト-コート
   ゲーター-トラウザー    シューズ×左右
   マスケット (※シャルルヴィル・マスケット)
   カートリッジ・ボックス+スリング    
   キャンティーン
説明文:
 なし。









カラー・エンサイン  Color Ensign
d0164702_22491426.jpg アメリカ陸軍第3歩兵連隊 " オールド・ガード " のカラー・ガードを構成する旗手の一人。
素体:
   ヘッドは同セットのアームド・ガードから。 眉はブラウン。 右頬に傷跡あり。
   ボディーはクラシック・コレクション素体+ホワイト・グラブ・ハンド。
付属品:
   ディスプレイ・ベース   30周年記念ドッグ・タグ
   大陸軍の1784年の制服
   三角帽 (トリ-コーナー・ハット)    アスコット
   コート    ウエスト-コート
   ゲーター-トラウザー    シューズ×左右
   カートリッジ・ボックス+スリング    キャンティーン
   星条旗 (※現行の50星旗。 1960年のハワイ州編入以降のもの)    旗用スリング
説明文:
 なし。
















コロニアル・ガード・セット (1999年)/ジョーコン限定 (スーベニア)
 Colonial Guard Set Unofficial
 1999 ハズブロ・インターナショナル G.I. ジョー・コレクターズ・コンベンション “ セレブレート・ザ・ヒーロー! ” にて発売。
 詳細不明。

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関連事項


■サンボウ版アニメ
・ 第73話 「モンタナを撃沈せよ」 では、G.I. ジョー・チームがアメリカ海軍最古の現役艦である U.S.S. コンスティチューションで出撃する場面が登場しますが、同艦の就役は1797年でワシントンが退任した年に当たります。 また、コンスティチューションという艦名はアメリカ合衆国憲法 (ユナイテッド・ステーツ・コンスティチューション。 1788年発効) に因みます。
・ 劇場版アニメ 『G.I. ジョー』 のイントロのシークエンスは、独立記念日 (7月4日) を祝うニューヨークの自由の女神が舞台でした。


■DiC 版アニメ
 DiC 版アニメ第14話 「不正義とコブラの流儀」 (1990年10月11日) では、コブラは公文書館を襲撃してアメリカ合衆国憲法の原本を奪いました。 サーペント・マンと名乗るスーパーヒーローがこれを取り返してきたのですが、サーペント・マンはコブラ・コマンダーの変装でした。


■DDP 版コミック
 『G.I. ジョー:リローデッド』 第2号 (2004年2月) では、コブラは 「アメリカの心を盗む」 と称してストリート・ヴァイパー部隊に公文書館を襲撃させ、アメリカ合衆国憲法の原本を奪いました。 この時はロードブロックがストリート・ヴァイパーのリーダーであるキングスネークから原本を奪い返しています。


■RoC トイ
 RoC のSDCC 限定デストロ2パック (2009年) のボックスにはマッカラン家の歴代当主の業績が記されていましたが (ジェームズ・マッカラン9世の記事参照)、アメリカ独立戦争の時期に活躍した当主は以下の通りです。

ジェームズ・マッカラン14世
 1725~1806年。 当主在位1728~1778年。
 銃の殺傷能力を高めるために榴散弾を導入した。 アメリカにおける植民地の反乱と革命を予測し、議会に手を回して植民地政策に介入した。

※議会に働きかけて植民地に重税をかけるようにするなど誘導し、戦争が起こりやすくしたということだと思います。

ジェームズ・マッカラン15世
 1750~1801年。 当主在位1778~1801年。
 アメリカ独立戦争において、両陣営に同じ設計のライフルを販売し、イギリスから出港する船で独立軍に対しても輸送した。

※上記にあるライフルは、イギリス軍制式マスケット銃でありアメリカ側でも多数使用されたブラウン・ベスが該当するものと思われます。

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 以上、アメリカ独立戦争に関する記事でした。

 RoC トイの設定を採用するなら、ジョージ・ワシントンもデストロ (ジェームズ・マッカラン15世) から武器を買っていた可能性が非常に高い気がします。

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by joefig | 2016-07-03 23:37 | 資料 | Trackback | Comments(0)
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