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The Pit

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ハズブロ社の 「G.I. ジョー」 に関するランダムな記事のブログです。

資料/パール・ハーバー・コレクション (2001年)

 12インチの G.I. ジョーのパール・ハーバー・コレクション Pearl Harbor Collection についての記事です。
 下はロゴ・ステッカー。 真珠湾攻撃で沈められたアメリカ海軍の戦艦 U.S.S. アリゾナ (BB-39) のシルエットが描かれています。
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 1941年12月7日の朝、アメリカはもはや無垢ではいられなくなった。 何ヶ月もの間、アメリカと日本の代表者は、アジアにおける日本の進展を阻止すべく交渉していた。 交渉を続ける一方で、日本は別の種類の行動を企てていた:彼らはハワイの真珠湾に配置されたアメリカの太平洋艦隊を破壊する計画を準備していたのだ。 帝国軍は、アメリカの艦隊を壊滅させればアジア全土を征服できると確信していた。 1941年12月7日の日曜の朝に始まった日本の真珠湾への全面攻撃は、アメリカの歴史の分水嶺となった出来事の一つとして位置付けられている。 フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、1941年12月7日の攻撃の日を ” 屈辱の日 ” と宣言した。 (※パッケージ裏の説明文より)



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パールハーバー・コレクション概要

 
 パール・ハーバー・コレクションは太平洋戦争の始まりとなった真珠湾攻撃から60年となるのを記念して2001年春/夏に発売されました。

 当時の12インチ版 「G.I. ジョー」 はクラシック・コレクションの後継ラインにあたり、トリコロールのパッケージで発売されていましたが、パールハーバー・コレクションに該当する商品は専用のシールで差別化されています。

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パールハーバー・コレクション詳細 


ヒッカム・フィールド・アーミー・ディフェンダー (2001年)/アルファ・アソートメント (パールハーバー)
d0164702_19302310.jpg Hickam Field Army Defender  (白人#81678/81160、#81727、#81733)
 カードの記載は2000年。
 真珠湾攻撃時の、ホノルルのヒッカム陸軍航空基地の兵士。
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素体:
   ガン・ホー・グリップ。
付属品:
   ドッグ・タグ
   ホワイト・Tシャツ    カーキ・パンツ    ブーツ+レギンス×左右
   M1917A1 ヘルメット
   30口径マシンガン (ギミックあり)    トライポッド    アモー・ベルト
   アモー・ポーチ×8個
説明文:
ヒッカム・エアフィールド (※ヒッカム航空基地)
 1941年12月7日、湾の南東の先に位置するアメリカ陸軍航空隊の軍事施設、ヒッカム航空基地はいつも通りの日曜の朝の中にあった。 ある兵員は忙しく朝食を食べ、またある者は旧式の B-18 爆撃機の訓練飛行の準備をしていた。 全てが変わったのは午前7時53分、日本の軍用機が航空基地を爆弾と機銃掃射の炎の嵐の中に突き落とした時で、兵士たちですら何に攻撃されたのかわからないまま、修理用格納庫、教会、食堂、消防署、その他の地点が日本の爆撃の炎に包まれた。 生き延びた者たちは果敢に三脚式30口径マシンガン、ライフル、ピストル、その他見つけたものは何でも手にしたが、施設を防御するには襲撃はあまりに激しく素早くて遠かった。 襲撃の第1波は15分ほどで終わり、ヒッカム航空基地には炎と破壊された残骸が残された。
 ヒッカム航空基地の破壊を成し遂げるための日本の爆撃機の第2波はおよそ1時間後にやって来て、日本の爆撃機は奇襲を仕掛けてきた。 重対空砲は地上から飛行機が接近してくる空めがけて砲撃し、陸軍航空隊の兵士たちは炎と日本の軍用機の重爆撃のさ中で生き残った兵士たちや飛行機、建物を守るために戦いに就いた。 10分ほどで爆撃が止み、緊急班は直ちに基地の至るところで燃え上がる内部の火災の消火にあたった。 ヒッカム航空基地には B-17 攻撃爆撃機が12機、B-18 が33機、A-20 が12機が配備されていたが、日本の爆撃によって B-17 が4機、B-18 が12機、A-20 が2機破壊され──その時点での航空力はおよそ3分の1となった。 さらなる荒廃は、ヒッカムに生じた人員の死傷者数だった。 ヒッカム航空基地だけでも、121名の要員が殺され、274名が負傷し、37名の兵士が連絡を絶った。 勇敢な兵士たちがそこであれだけ素早く決断的な行動を果たさなかったら、その数は間違いなくより多いものとなっていただろう。
 真珠湾の広範な損害と命の犠牲にも関わらず、日本軍は太平洋艦隊やその基地の破壊に失敗した。 海軍工廠の修理工場、武器庫とその供給品は目標とはならず、全部で3隻のアメリカ軍の空母は攻撃時は海に出ていた。 アメリカ軍は基地の修理と再建のために再編成され、太平洋におけるアメリカ軍の勝利の中枢となった。 沈没したアリゾナの上には記念館が設けられ、回収されたメインマストには高らかに国旗がはためいている。 記念館はその建造物自体が太平洋戦争を象徴するものであり、低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している──勝利は犠牲失くしてはなしえなかった。 真珠湾で戦ったのは勇敢かつ決意ある者たちだったのだ。



パール・ハーバー:ヒッカム・フィールド・ディフェンダー (2001年)/ストア限定 
d0164702_19153810.jpg Pearl Harbor Hickam Field Defender  (#53063/57095)  KB-トイズ限定。
 ボックスの記載は2001年。
 パール・ハーバー・コレクションのヒッカム・フィールド・アーミー・ディフェンダーのボックス版。
 パール・ハーバー・コレクションの記載はなし。
 内容はパール・ハーバー・コレクション版に準ずる。
説明文:
 なし。













ウィーラー・フィールド・パイロット (2001年)/ブラボー・アソートメント (パールハーバー)
d0164702_02540503.jpg Wheeler Field Pilot  (#81565/81684)  ボックスの表記は2000年。
 真珠湾攻撃時の、ホノルルの真珠湾の北側に位置するウィーラー陸軍航空基地のパイロット。
 日本のゼロ戦の残骸が付属。 ボックス・アートに描かれているのはカーティス P-40 ウォーホーク。
 ウィーラー陸軍航空基地は現在はウィーラー陸軍飛行場。 1987年、アメリカ合衆国国定歴史建造物に指定。
素体:
   ガン・ホー・グリップ。
付属品:
   ドッグ・タグ
   クラスB ユニフォーム・シャツ    クラスB ユニフォーム・パンツ
   ソックス×左右    サービス・シューズ×左右
   A-8 ヘルメット    B-7 ゴーグル    ベルト
   アモー・ポーチ及びベルト・クリップ
   ピストル    ホルスター    
   ジャパニーズ・ゼロ・フュースリッジ (※胴部の残骸)
説明文:
ウィーラー・アーミー・エア・フィールド (※ウィーラー陸軍航空基地)
 その運命的な日曜日の朝、戦略的にオアフ島の中心部付近に置かれたウィーラー陸軍航空基地は日本の急降下爆撃機の重要な目標だった。 油断していた基地に最初の爆弾が落とされた直後、日本軍は空域を支配し、自在に真珠湾地域全体への攻撃を続けた。 だがそれは始まりに過ぎなかった。 信じられないほど破壊的なこの一度の戦闘により、アメリカは第二次世界大戦へと突き進んだ。
 ウィーラー航空基地に配属されたアメリカ軍戦闘機パイロットたちは、日本軍の奇襲攻撃を受けながら反撃のために離陸するという困難な役目に直面していた。 空襲の数ヶ月前、アメリカの軍事指導者たちは実際の全面空襲よりも妨害工作のほうを危惧していた。 結果として、最初の襲撃時に多くのアメリカの戦闘機部隊は航空基地の中央に駐機されていた。 戦闘機の多くは、平時の規則に従い戦闘の準備すらしていなかった。 アメリカ軍パイロットたちは、辺り一面を障害物や荒廃に囲まれながらも飛行機を準備させて空に出るべくスクランブルをかけた。 多くの飛行士たちは飛行機が次々と炎上していく様子を救いようもなく見ることを強いられた。 ある戦闘機は離陸前に破壊され、またあるものは破壊された残骸や滑走路の損傷で身動きが取れなくなった。
 攻撃が始まったのは、ウィーラー基地に配属されているパイロットのほとんどがちょうど基地に出勤してきた時だった。 何が起きたかをすぐに理解した彼らは、まさに文字通りに “ 戦場へ飛んだ ”──フライト・ユニフォームを着る時間すらかけずに。 数機の日本の急降下爆撃機を撃墜した後、反撃する飛行士たちは燃料と武装の補給のためにウィーラー航空基地に戻ったが、彼らが絶対的に必要としていた弾薬が備蓄された格納庫は今や炎に包まれていた。 勇敢な地上班が燃える建物に急いで弾薬を取り出し、パイロットたちはすぐに素背へと戻り、命と身体を危険にさらして島の自分たちの前哨基地を防衛した。 その日約20人のアメリカ軍の戦闘機パイロットたちが、想像しうる最も破壊的な戦闘条件を克服して空に向かい、数で大いに勝る敵と遭遇した。 それでも、彼らは戦闘機を駆って空へ向かい、日本のゼロ戦に挑んで機銃を白熱させ、彼らをその第一目標──アメリカ太平洋艦隊から引き離した。 アメリカ軍のパイロットとそれを支える地上班の勇気と技量がなかったら、さらに多くのアメリカ人の命が失われていただろう。
 真珠湾の広範な損害と命の犠牲にも関わらず、日本軍は太平洋艦隊やその基地の破壊に失敗した。 海軍工廠の修理工場、武器庫とその供給品は目標とはならず、全部で3隻のアメリカ軍の空母は攻撃時は海に出ていた。 アメリカ軍は基地の修理と再建のために再編成され、太平洋におけるアメリカ軍の勝利の中枢となった。 沈没したアリゾナの上には記念館が設けられ、回収されたメインマストには高らかに国旗がはためいている。 記念館はその建造物自体が太平洋戦争を象徴するものであり、低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している──勝利は犠牲失くしてはなしえなかった。 真珠湾で戦ったのは勇敢かつ決意ある者たちだったのだ。







ダイアモンド・ヘッド・ルックアウト:インベージョン・アラート (2001年)/デルタ・アソートメント (パールハーバー)
d0164702_19390043.jpg Diamond Head Lookout: Invasion Alert  (#81575/81683)
 ボックスの表記は2000年。
 真珠湾攻撃時の、アメリカ陸軍の通信技士。
 商品名からするとホノルルのダイアモンド・ヘッドのフォート・ルガーの通信技士のようだが、説明文やボックス・アートではオアフ島の北部沿岸のオパナ移動レーダー基地の2名のレーダー技士 (※ジョセフ・L・ロッカード一等兵とジョージ・E・エリオット一等兵) をフィーチャーしているようにも思われる。
素体:
   ガン・ホー・グリップ。
付属品:
   ドッグ・タグ
   シャツ (タイ、エポレット、ポケットあり)    パンツ
   キャンペーン・ハット    ブーツ+レギンス×左右
   スプリングフィールド・ライフル及びスリング
   フォールディング・ベンチ
   2-ウェイ・ラジオ (※無線機。 サウンド・ギミックあり) 及びマイクロフォン&ヘッドセット   
d0164702_16333066.jpg説明文:
ダイアモンド・ヘッド・ルックアウト (※ダイアモンドヘッド監視所)
 それは楽園のある美しい日に始まった。 遠く、荘厳なダイアモンド・ヘッドは名だたる快適さで海に向かって突き出ていた。 だがわずか数分のうちに、島の基地の静穏は巨大なアメリカ太平洋艦隊と共に空に吹き飛んだ。 午前7時頃、オアフ島の北部沿岸のオパナ移動レーダー基地の2人のレーダー技士がそのシフトを終えようとしていた時、スクリーン上に影像が現れた。 技士の一人は、それを 「今まで見た中で最大の光景」 と評した。 彼らは忠実に攻撃者の接近を報告したが、それを無視するよう命じられた。 これだけ大規模な航空機のフライトは、到着が予想されていた本土からの B-17 の集団としか考えられなかった。 午前7時53分、日本の飛行機の第一波は、真珠湾に爆弾を投下し、係船所に静かに停泊していた軍艦に魚雷をぶつけた。
 「真珠湾に空襲。 これは演習ではない!」 攻撃開始から少し後、真珠湾から緊迫したメッセージが発せられた。
 ただ敵機だけが空を埋め尽くしたその12月の朝: 警告を広め、非道な攻撃の状況を知らせるために無線信号は煙ともやを切り裂いた。 フォード島指令センターの無線室から放送された最初の信号には、すぐに島中の至る所の無線室の他の者も加わった。 窓の外では侵略が猛威をふるった時にも、無線技士は警戒区域に留まった。 彼らは冷静な落ち着きと厳しい決意で緊急メッセージを送り続け、領域の他のアメリカ軍の部隊に警報を発した。攻撃の第二波の航空機は対空砲の挑戦的な砲撃の雨に遭遇した。
 真珠湾の広範な損害と命の犠牲にも関わらず、日本軍は太平洋艦隊やその基地の破壊に失敗した。 海軍工廠の修理工場、武器庫とその供給品は目標とはならず、全部で3隻のアメリカ軍の空母は攻撃時は海に出ていた。 アメリカ軍は基地の修理と再建のために再編成され、太平洋におけるアメリカ軍の勝利の中枢となった。 沈没したアリゾナの上には記念館が設けられ、回収されたメインマストには高らかに国旗がはためいている。 記念館はその建造物自体が太平洋戦争を象徴するものであり、低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している──勝利は犠牲失くしてはなしえなかった。 真珠湾で戦ったのは勇敢かつ決意ある者たちだったのだ。






バトルシップ・ロウ・ディフェンダー (2001年)/エコー・アソートメント (パールハーバー)
d0164702_19424570.jpg Battleship Row Defender  (白人#81684/81585、黒人#81728/81585)
 ボックスの表記は2000年。
 真珠湾のフォード島の係留所 「バトルシップ・ロウ」 (戦艦群、戦艦通り) の U.S.S. アリゾナ (BB-39) の水兵。
 アリゾナは攻撃で沈み、現在はその上に記念館が建てられている。
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素体:
   ガン・ホー・グリップ。
付属品:
   ドッグ・タグ
   ドレス・ホワイト・ユニフォーム    トラウザー    ジャンパー
   ネッカチーフ    ハット    ドレス・シューズ×左右
   50口径水冷マシンガン (※MK13 デッキ-マウンテッド50口径対空砲)
説明文:
バトルシップ・ロウ・ディフェンダー
 真珠湾のアメリカ軍の基地の重要エリアは、アメリカ海軍の太平洋の火力を最大に集約させたバトルシップ・ロウとして知られていた。 1941年12月7日の朝、USS アリゾナ、ヴェスタル (※工作艦)、ネバダ、テネシー、ウェストバージニアその他は平和に停泊していた。 乗船する水兵たちは、ドレス・ホワイトを装い、甲板上に集まって星条旗を掲げる準備をしていた。 バトルシップ・ロウの水兵たちが何も知らぬうちに、日本軍の第一航空艦隊──6隻の航空母艦と360機の軍用機を含む31隻の艦隊──がまっすぐに向かっていた。 午前7時53分、油断していた基地に日本の爆弾と魚雷の第一波が雨のように降り注ぎ、アメリカを第二次世界大戦に引き込む戦いが始まった。
 日本の飛行機の嵐は平和な港の上をつんざいてその主要目標:バトル・シップ・ロウに照準を定めた。 アメリカの水兵たちは、反応する時間もないまま船の銃座に駆けつけたが、空襲のスピードと距離のために、ほとんど何もできなかった。 午前8時5分頃、 日本の “ ケイト ” 爆撃機 (※九七式艦上攻撃機) が USS アリゾナを攻撃した。 1基の爆弾が船の前部火薬庫を爆発させ、数秒後には真珠湾全体が船の大規模な爆発にさらされた。 アリゾナは煙と炎の柱を立ち昇らせ、数分で真珠湾の底に沈み、乗船していた1,731名の水兵のうち1,177名を埋めた。 アリゾナの火災は2日に渡って燃え、この破壊はアメリカの歴史上最悪の海軍災害として記録されている。 電光石火の空襲の第一波が終わり、1時間後に第二波が近づいたが、もはや敵の側の奇襲だけではなかった。 今度は勇敢なアメリカの水兵たちが反撃でき、約2ダースの敵機を撃墜した。 銃撃戦は午前9時45分頃まで続き、最後の日本の飛行機が航空母艦に帰投して行った時、その跡には激しく損傷した太平洋艦隊が残されていた。
 この G.I. ジョー・フィギュア、バトルシップ・ロウ・ディフェンダーは、真珠湾で軍務にあった全ての人々を讃えて、不名誉なあの日曜の朝のバトルシップ・ロウの1隻の甲板上の水兵を描いたものである。 彼はドレス・ホワイトを装い、MK13 甲板設置式 50口径対空砲に配置されて奇襲攻撃を防ぐ。 克服し難い見込みの中でアメリカを防衛した水兵たちの勇気は記憶すべき物語である。
 真珠湾の広範な損害と命の犠牲にも関わらず、日本軍は太平洋艦隊やその基地の破壊に失敗した。 海軍工廠の修理工場、武器庫とその供給品は目標とはならず、全部で3隻のアメリカ軍の空母は攻撃時は海に出ていた。 アメリカ軍は基地の修理と再建のために再編成され、太平洋におけるアメリカ軍の勝利の中枢となった。 沈没したアリゾナの上には記念館が設けられ、回収されたメインマストには高らかに国旗がはためいている。 記念館はその建造物自体が太平洋戦争を象徴するものであり、低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している──勝利は犠牲失くしてはなしえなかった。 真珠湾で戦ったのは勇敢かつ決意ある者たちだったのだ。







ハワイアン・テリトリアル・ガード (2001年)/アルファ (ストア限定)
d0164702_19014832.jpg Hawaiian Territorial Guard  (日系ハワイ人#81703/81160)
 トイザらス限定。 パールハーバー・コレクションのステッカーはないが、説明文はパールハーバー・コレクションのもの。
 真珠湾攻撃時、ハワイ准州兵 (ハワイ州兵の前身) の日系ハワイ人。
素体:
   ヘッドはクラシック・コレクションの 442nd インファントリー:ニセイ・ソルジャー (1998年) から。
   ガン・ホー・グリップ。
付属品:
   ドッグ・タグ
   カーキ・ユニフォーム上下    ブーツ×左右
   キャンペーン・ハット    HTG ブラサード (※腕章。 HTG の表記あり)
   ウェブ・ベルト    アモー・ポーチ×8個
   キャンティーン
   スプリングフィールド・ライフル
   バヨネット    スカバード (※シース)
説明文:
パール・ハーバー:ザ・ハワイアン・テリトリアル・ガード (※ハワイ準州兵)
 真珠湾攻撃の恐怖と混乱の間、予測だにしていなかった海軍基地に爆弾が雨のように降り注ぐ時でも、ハワイ準州兵は高度な警戒に就いた。 島の防衛で軍の部隊の増援を命じられた準州兵は、無数の英雄的行動を示した。 その短い歴史の瞬間の間、時は止まったかのようだった。 爆発と機銃掃射する飛行機は、のどかな南太平洋の要塞を燃える残骸と負傷した人々の非現実的な光景に変えた。 その余波で、準州兵は敵の侵略に備えて島のパトロールに長い時間を費やした。
 ハワイ準州兵の男たちは誰よりも攻撃に怒った。主として日系アメリカ人から成る彼らは、国と名誉に対する襲撃に心から報復を望んだ。1942年5月26日、ハワイ緊急大隊が編成されたことで彼らはその機会を手に入れた。主として日系アメリカ人のハワイ準州兵から成る新しい大隊は第100歩兵大隊として活動開始し、そのモットーは「真珠湾を忘れるな!」だった。第100大隊は訓練で高得点を記録し、すぐに日系アメリカ人の志願兵のより大きなグループ、第442連隊が編成された。その規模から、第442連隊はアメリカの歴史上最も勲章を授与された部隊となった。決して3,000名を越えることのなかった兵士たちの最大の補足物として、勇敢な行為に対する1万8,000を超える勲章と9,400を超えるパープルハート章が授与されたのだ。
 真珠湾の広範な損害と命の犠牲にも関わらず、日本軍は太平洋艦隊やその基地の破壊に失敗した。 海軍工廠の修理工場、武器庫とその供給品は目標とはならず、全部で3隻のアメリカ軍の空母は攻撃時は海に出ていた。 アメリカ軍は基地の修理と再建のために再編成され、太平洋におけるアメリカ軍の勝利の中枢となった。 沈没したアリゾナの上には記念館が設けられ、回収されたメインマストには高らかに国旗がはためいている。 記念館はその建造物自体が太平洋戦争を象徴するものであり、低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している──勝利は犠牲失くしてはなしえなかった。 真珠湾で戦ったのは勇敢かつ決意ある者たちだったのだ。

→ 第442連隊及び日系ハワイ人については当ブログの 「第442連隊戦闘団」 の記事も参照。






パール・ハーバー アーミー・エア・コー・パイロット・ディスプレイ・セット (2001年)/ストア限定 (パールハーバー)
d0164702_02255604.jpg  Pearl Harbor Army Air Corps Pilot Display Set  (#53016)
 トイザらス限定。 ボックスの表記は2000年。
 真珠湾攻撃時、アメリカ陸軍航空隊のカーティス P-40 ウォーホークのパイロット。

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素体:
付属品:
   フライト・ジャケット    パンツ    ブーツ×左右    ライフ・ベスト
   フライト・ヘルメット及びチン・ストラップ    エアー・マスク及びホース    ゴーグル
   ディスプレイ・ベース (真珠湾のフォード島の鳥瞰図と 「Oahu December 7, 1941」 の表記あり)
   フィギュア・スタンド    プレーン・スタンド
   U.S. ファイター・プレーン (※カーティス P-40E-1 ウォーホーク/ジョン・“ ジャック ”・シェンノート少佐乗機)
   ジャパニーズ・ファイター・プレーン (※三菱零式艦上戦闘機二一型/平野 崟 一飛曹乗機)
説明文:
パール・ハーバー
アーミー・エア・コー・パイロット (※アメリカ陸軍航空隊パイロット)・ディスプレイ・セット
アメリカが第二次世界大戦に参戦  1941年12月7日
 1941年12月7日の真珠湾での日本の厚かましく、いわれのない攻撃はアメリカを第二次世界大戦に引き込み、合衆国を永久に変えた! その運命的な日曜日の朝の午前8時直前、日本の急降下爆撃機、魚雷爆撃機、戦闘機が真珠湾エリアに押し寄せ、戦争の進路を変える攻撃を開始した。 彼らは空の恐怖を解き放って真珠湾とその周辺の艦船、軍事施設、飛行機を破壊した。 アメリカの戦う男たちは敵の攻撃者たちと正面から戦うために勇敢に立ち上がった。
 アメリカ海軍兵員は自分たちの船を勇敢に防御して損傷し沈没する艦船から生存者を救うために奮闘し、陸軍航空隊のパイロットたちは飛行機でオアフ島上空の日本軍に挑むためにスクランブルをかけた。 アメリカの軍用機の一群が機銃掃射と地上爆撃を受けた一方で、陸軍航空隊の多数のパイロットたちは何とか P-40 戦闘機で離陸して数機の敵機を撃墜した。 これは戦争の至る所で繰り返される光景であった──アメリカのパイロットたちは日本の相対物を相手に見事な空中戦を演じた。
 攻撃は日本軍の圧倒的勝利だったが、アメリカ軍が示した勇気と努力はまさに英雄的なものであった。 港で、陸で、空で敵を破るという決意は真珠湾攻撃の後にアメリカ軍をより強くし、結果として1945年9月の日本軍の全面降伏につながった。


U.S. ファイター・プレーン
 カラー・スキームはアラスカのフォート・グレンを基地としてアリューシャン列島で活躍したアメリカ陸軍 第343戦闘航空群第11戦闘飛行隊のカーティス P-40E-1。
 機体番号 「96」 は第11戦闘飛行隊の指揮官であったジョン・“ ジャック ”・シェンノート (正しくはシェノールト) 少佐乗機。
 シェンノート少佐はAVG (フライング・タイガース) の創設者クレア・リー・シェンノートの息子であり、部隊のシンボルであった “ アリューシャン・タイガー ” もフライング・タイガースにちなんだもの。
インシグニア/識別番号:
   アメリカ軍国際標識
   96
   “ アリューシャン・タイガー” のノーズ・アート
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ジャパニーズ・ファイター・プレーン
 カラー・スキームは三菱零式艦上戦闘機二一型 (A6M2a)。
 機体番号 「AI-154」 は赤城から真珠湾を攻撃した第一次攻撃隊の第二制空隊第一小隊2番機、平野 崟 (たかし) 一飛曹乗機。 被弾してカメハメハ要塞の兵器庫に突入した。
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パール・ハーバー (WWⅡ U.S. アーミー・ソルジャー:パール・ハーバー) (2001年)/ストア限定 (パールハーバー)
d0164702_20274371.jpg Pearl Harbor (WWII U.S.Army Soldier : Pearl Harbor)
 (#53070/53069)  トイザらス限定。
素体:
付属品:
   ドッグ・タグ
   シャツ    パンツ    ブーツ×左右
   ヘルメット+ストラップ    ベルト
   ヴィッカーズ・マシンガン    トライポッド
   アモー・ベルト
   45口径ピストル (※コルトM1911 ガバメント)
   マガジン    弾丸
   破片手榴弾 (“ パイナップル ”)×3個
   メス・キット    ナイフ    フォーク   スプーン
   キャンティーン+カバー
   航空機 (※零式艦上戦闘機) の破片 (大)
   航空機の破片 (小)×3種
説明文:
WWⅡ U.S.アーミー・ソルジャー  パール・ハーバー
 1941年12月7日……それはアメリカ兵とアメリカの軍事史の新たな時代の始まりである。 その日、ハワイの島々を包むいつもの平和と静穏は、真珠湾とその周辺のアメリカ軍の軍事目標を爆撃し機銃掃射する日本の戦闘機の轟音に激しく揺すぶられた。
 周囲一面を爆発と破壊に取り囲まれたアメリカ軍の軍事要員たちは戦闘拠点を担い、圧倒的な敵軍に対し勇ましい防衛を示した。 アメリカ兵たちは対空砲、マシンガン、ライフル、その他手に入るものは何でも手にして、攻撃してくる日本の戦闘機と急降下爆撃機を吹き飛ばした。
 訓練や砲術演習の全ての時間がこの時に実り、勇敢な兵士たちは破壊を決意した敵に向かって容赦なく銃撃した。 戦闘が進展して数百人の兵士、水兵、海兵、飛行士が倒れ、残った者たちのできるだけ多くの敵機を撃墜するという決意は決して揺るがなかった。 それが終わった時、日本軍が残した荒廃の跡は甚大なものだった。
 奇襲攻撃で多数が殺されたものの、アメリカ軍は誇りを持って地面に踏みとどまって勇敢に国を守った。 真珠湾でのアメリカ人の犠牲は無駄ではなかった。 攻撃から間もなく、真珠湾が猛攻撃から回復しつつあった頃、日本軍は珊瑚海、ミッドウェー、ガダルカナルでの戦いでアメリカの怒りを味わった。 最後には、アメリカは真珠湾での敗北に報復した一方、日本は1945年半ばに戦争に負けて “ 面目を失った “。






パール・ハーバー・アタック (2001年)/ストア限定ヒストリカル・エディション ライフ (パールハーバー)
d0164702_19450189.jpg Pearl Harbor Attack  (#53022)  ターゲット限定。
 12月7日の真珠湾攻撃。
素体:
付属品:
   『ライフ』 1941年12月22日号のミニチュア・レプリカ
   ドッグ・タグ
   シャンブレー・シャツ    ベルト    ダンガリー・パンツ
   セーラー・キャップ    ソックス×左右    シューズ×左右
   ヘルメット    ベルト+ホルスター
   38口径ピストル
   セーフティー・リング
説明文:
1941年12月7日  真珠湾攻撃  アメリカが第二次世界大戦に参戦
U.S. ネービー・セーラー (※合衆国海軍水兵)
1941年12月7日 日曜日   太平洋標準時午前7時55分
 それは世界が決して忘れることのない日となった。 日本軍は真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けて “ 眠れる巨人 ” を目覚めさせたことで世界の歴史を変えたのだ。 計画的で、考え抜かれた攻撃で、日本帝国は暴力的かつ無慈悲にアメリカを第二次大戦へと進ませ、その立場を帝国と同等なものに抑えようとしたのだ!
 破滅が差し迫っているとも知らず、真珠湾ではいつもと同じ “ 楽園 ” の平和な日曜日が始まろうとしていた。 だが、オアフ島のわずか 220マイル北では、赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴 しょうかく、瑞鶴 ずいかく といった航空母艦から攻撃の第一波である 183 機の魚雷爆撃機、急降下爆撃機、戦闘機が離陸し、運命の日に向かって飛来していたのだ。 この運命の朝の太平洋標準時午前7時55分、日本は攻撃した!
 アメリカ人とハワイ人は轟く爆発で目覚め、日本の攻撃機は合衆国の艦船、航空機、建物、兵員を爆撃し砲撃した。 完全に奇襲され、アメリカの水兵や兵士たちはライジング・サンの空からの猛攻撃に対して自分たちを防衛するために各自の持ち場へと駆け込んだ。 優れた外科医のように、日本のパイロットたちはフォード島付近の “ バトルシップ・ロウ ” を正確に狙い、USS カリフォルニア、USS ウェスト・バージニア、USS メリーランド、USS オクラホマ、USS テネシー、USS ネバダ、USS アリゾナを撃沈するか損害を与えた。 中でも最悪だったのは USS アリゾナの損失で、乗船していた 1,200名の乗組員と共に沈んでしまった。 攻撃部隊の一部がバトルシップ・ロウを破壊している間に、別の日本の航空機は陸軍航空隊の航空基地と軍事基地を狙っていた。
 午後早くまでに、太平洋艦隊と陸軍部隊は荒廃した。 日本の顕著な攻撃に燃え上がったアメリカは、自らを完全に証明してみせることに専念した。 1945年9月、合衆国はその目的を完遂した。







パール・ハーバー ヴィッカーズ・マシンガン (2001年)/バトル・ギア (パールハーバー)
d0164702_19354195.jpg Pearl Harbor Vicker's Machine Gun  (#57679/57081)
 ボックスの表記は2000年。
 フィギュアは付属せず。
内容:
   ヘルメット    ガス・マスク及びホース    フィルター
   レーション・カン×2
   ヴィッカーズ30 口径マシンガン    トライポッド
   30口径アモー・ベルト×2    ショベル
   ジャパニーズ・プレーン・フュースリッジ・フラグメント (※胴部破片)×3
説明文:
 なし。









WWⅡ パール・ハーバー ミリタリー・ジオラマ・セット (2001年)/ミリタリー・ジオラマ・セット (パール・ハーバー)
d0164702_19503007.jpg WWII Pearl Harbor Military Diorama Set  (#57680/57795)
 フィギュアは付属せず。
内容:
   30口径マシンガン (※ブラウニング M1919 重機関銃)
   30口径ベルト・キャニスター
   30口径バレット・ベルト (弾帯)    トライポッド
   “ コンクリート ”・バンカー
   ブロークン・フラッグポール    フラッグ (星条旗)
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説明文:
WWⅡ パール・ハーバー・ミリタリー・ジオラマ・セット
 それは運命的な朝だった。 その朝はアメリカの歴史に新たな時代をもたらした! 1941年12月7日、日本帝国の軍隊がハワイの真珠湾の合衆国の軍事基地を攻撃してアメリカを第二次世界大戦に引き込んだ。 この壊滅的な死と破壊の日、敵と交戦した真珠湾の守備軍は攻撃してくる日本の航空機に無我夢中でマシンガンを撃った。 それが終わった時、アメリカの太平洋艦隊は残骸の中に横たわっていたが、国の最大の危機の一つとなったこの時に守備軍は並みならぬ勇気を示したのである。


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書籍


" G.I. Joe at Pearl Harbor " (2001年)/ペーパーバック
d0164702_17391888.jpg スコラステック社 Scholastic 刊。 著者:ジェームズ・ケリー。
 内容はおそらく若年層向けのイラスト入り読み物。
 表紙は同年の G.I. ジョー・フィギュアのバトルシップ・ロウ・ディフェンダーのボックス・アートが用いられている。
 なお、同じ著者のシリーズとして他に " G.I. Joe at Iwo Jima "、" G.I. Joe at D-Day " も刊行されている。











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参考


日本軍の攻撃ルート
 オアフ島と攻撃ルート図。
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 真珠湾に浮かぶフォード島の部分を拡大。
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損害
 ネットでざっと損害数を調べてみたところ、複数のデータがあって損害を受けた数にばらつきがありました。
 以下の記載はあくまで一例です。

アメリカ軍
 兵員
   死亡者2,345名 (海軍2.004名、海兵隊108名、陸軍222名)
   負傷者1,347名 (海軍912名、海兵隊75名、陸軍360名)
 航空機
   撃破188機 (陸軍航空隊96機、海軍航空隊92機)
   損傷159機 (陸軍航空隊128機、海軍航空隊31機)
 船舶
   撃沈12隻
   損傷9隻    計21隻
   ※ほとんどの艦はその後修理を受け復帰しており、完全に失われたのは以下の3隻のみ。
       U.S.S. アリゾナ (BB-39) ペンシルバニア級2番艦
       U.S.S. オクラホマ (BB-37) ネバダ級2番艦
       U.S.S. ユタ (AG-16) フロリダ級2番艦

民間人
   死亡者68名 (基地関係者31名、基地以外の市街地など37名)
   ※日本軍は市街地や非戦闘地帯、民間人に対する攻撃を厳重に禁止していた。
    民間人犠牲者の半数弱は軍施設にいた関係者。
    市街地の犠牲者のほとんどはアメリカ軍の対空砲火によるもの。
    日本軍が市街地に投下した爆弾は九七式攻撃機の爆弾投下の誤作動による1発のみ。

日本海軍
 兵員
   死亡者64名+α (航空機搭乗員55名、特殊潜航艇乗組員9名、潜水艦乗組員人数不明)
 航空機
   撃墜29機 (零式戦闘機9機、九九式爆撃機15機、九七式攻撃機5機)
   損傷74機
 船舶
   撃沈6隻 (大型潜水艦1隻、特殊潜航艇5隻)






U.S.S. アリゾナ (BB-39)  U.S.S. Arizona
 超弩級戦艦ペンシルベニア級戦艦の2番艦。 日本軍の真珠湾攻撃により撃沈された。
 乗組員1,177名のうち1,102名が死亡しており、真珠湾攻撃時の全アメリカ軍の死亡者の約半数近くにあたる。
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アリゾナ記念館  U.S.S. Arizona Memorial
 撃沈されたU.S.S. アリゾナの遺構の上に建設された慰霊施設。
 低くなった中央部は初期の失敗を、持ち上がった両端は究極の勝利を象徴している。
d0164702_16300325.jpg

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 以上、パールハーバー・コレクションに関する記事でした。

 日本軍の行った “ 卑怯な ” 真珠湾奇襲攻撃により太平洋戦争が開戦し、厭戦的だったアメリカ国民の感情は 「リメンバー・パールハーバー!」 のスローガンに見られるように一転しました。
 原爆を落としたことも、「先に仕掛けた日本が悪い」 というのがアメリカ国民の一般的な感情に違いありません。


 この真珠湾攻撃については、「実はアメリカは事前に把握していながら見過ごした」 という説が戦時中から存在しています。
 こうした話には諸説あり、記録に機密性もあるため、本当のところどうだったのかはjoefig にはよくわかりません。

 しかし、そもそもそんなこと以前に、12月の真珠湾攻撃や11月の交渉文書 (ハル・ノート) の半年以上も前から、義勇兵に偽装したフライング・タイガースが編成されて対日奇襲作戦も計画されていたわけですから、アメリカの意向は決定的に明白だったと言えるでしょう。


 でもまあ、せっかく安倍首相とオバマ大統領がきれいにまとめようとしているわけですから、今はそのあたりはあまり指摘しない方がよさそうですね。

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by joefig | 2016-12-06 20:12 | 資料 | Trackback | Comments(0)
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